“アメリカのロースクールで得られるのは、「弁護士のように考える」思考方法だ。日本では
「正しいことがまずありきで、それを間違った人が『悪い』」
という考えが強いが、アメリカの法学では
「両方正しい。どこで折り合いを付けるか」
という考え方をする。「正しいこと」が一つしかない国と、沢山ある国の違いだ。
”
“相談者 女子高生 10代
10代の女子高生です。
父の休日は食べる、寝る、テレビの繰り返し。他のことは何ひとつやりません。仕事は自営業で、「忙しい」と言う時期もありますが、一日中テレビがついているようで、ちゃんと仕事しているのか不審です。最近は夜遅くまでケータイをいじっており、50歳にしてケータイ依存症で、意味がわかりません。
私は物心ついたときから父が嫌いで、母には「お父さんみたいにならないように」と、育てられてきました。幼い頃、2月の公園の噴水で私が遊びたがるからと父が遊ばせ、私は肺炎で入院したことがあります。
父への感謝の気持ちはこれっぽっちもありません。老後の面倒を見る気はなく、のたれ死ねばいいと思います。お父さんと仲がいい友達がとてもうらやましいです。父を好きに……なろうとしても、いいところなんてひとつもないし、子供に無関心ですべて母に任せきり。最近は通知表も父には見せていません。
母は父との結婚は失敗と言っており、私は離婚してほしいのですが、経済的なことを考えると無理です。父がいる休日はイライラし、死んでほしい、殺したいという気持ちが強くなります。虐待でもされれば訴えられるのにと、楽しいはずの休日はストレスでつらくて泣くようになりました。どうすれば良いのでしょうか。思春期という理由で片付けないでほしいです。
回答者 評論家 岡田斗司夫「お父さんみたいにならないで」。母はいつも言う。
不思議です。あなたは女、父にはなれません。なるとすれば母親でしょう。
「お母さんみたいになっちゃダメよ。」こう言うべきです。
なぜ母は「私のような母親になるな」と言えないのか?ここがポイントです。「私のような母親」とはどんな母親でしょう。答えは簡単ですね。
自分に無関心・無頓着な夫と結婚し、離婚もできず、思いつく限りの愚痴を幼い頃から言い聞かせ、やがて娘が「父など死ねばいい」と思いこみ休日に泣いて過ごすように仕向ける母。それが「私のような母」です。
本当に最悪の父なら、なぜ母親は離婚しないのか?これも簡単、ちゃんとストレスのはけ口があるからです。自分の言い分を全部信じる娘に毎日悪口を言ってストレス発散してる。だから母は耐えられる。つまりあなたの犠牲の上に、母は暮らしている。
あなたの父親像は、母の愚痴でできている。寒い中、娘にせがまれて公園まで連れて行く父。はしゃいで寒いのも忘れ夢中であなたは噴水で遊んだ。でも風邪を引いたあなたに母は「父が悪い」と吹き込みます。繰り返される呪いの言葉が楽しい思い出を消してしまったのです。
人間は弱い。誰かの愚痴や文句を言わないと生きていけない。
母の不幸は、家に閉じこめられて、視野が狭いことです。趣味が「父のダメ出し→娘に吐き出し」だけ。こんなの誰の得にもなりません。
ではどうするか?あなたがこのマイナス連鎖を切りましょう。誘ってあげて、お母さんの興味を外に向けさせる。これができれば、状況はかなり改善されるはずです。お母さんと一緒に映画やショッピングや旅行をする。そのために、あなたがバイトをするのもアリ。お母さんにもパートを出ることをどんどん勧めましょう。
パートをすれば、お母さんの世界も広がるし、お金も、できることも増えます。本当に最悪な父なら、あなたと母が一緒に働いたら独立も可能でしょう。
難しすぎますか?じゃああなただけでも逃げてください。たった3人家族で2人が1人の悪口を言い合っている家は地獄ですよ。高校生ならもう働けます。
逃げなさい。さもなければ、母を助けなさい。
”
“高校時代の話 母がピーマンを口にくわえながら料理を作っていたので、 「何を作ってるんだろう?」と思いながら、ふと母の足元を見ると、そこには、 「ピーマンをくわえて作る簡単チンジャオロースの素」と書かれたレトルト商品のパッケージが落ちていた。”
“この夫婦が盲信した対核攻撃パンフレット、実は1980年代初頭までイギリスに実在したのである。子供の秘密基地のような核シェルターは、本当にイギリス政府のお墨付きだったわけだ。
その他の資料を見ても、当時のイギリスの核兵器に対する認識はかなりヒドイ。まるで雷避けのような対策しか書いていない。
『風が吹くとき』の原作グラフィックノベルが発刊された直後、こういったマニュアルの類はすぐに回収されていったそうだ。
”
“また、この老夫婦の所行をどう捉えるかによっても、感想に差が出る。
政府のマニュアルを盲信する夫婦に「愚鈍である」という感想しか抱かない人もいる。一方で「良識溢れる最高の夫婦じゃないか」と言う人もいる。
これはどちらもその通りと言えるだろう。国民の義務と責任を果たしていれば国が報いてくれるというダンナさんの感覚は、その常識の下で生きてきた年輩者としては当たり前のことである。家庭を第一に考え、ひたすらに家事をこなす奥さんにも落ち度などない。慎ましやかに幸せを育んできたこの二人は、間違いなく善人だ。
ただ、御上の言う事を無条件に信じ、戦争を劇場の出来事であるかのように捉えるその感性は、ともすれば「他人任せ」「他人事」に依った価値観であるとも言える。
”
“例えば、日本での劇場公開当初、広島原爆体験者の方からは「核の恐ろしさ、悲惨さはこんなものじゃない」という意見が寄せられたりした。
確かにそうなのだろうし、例えば先の『はだしのゲン』のスプラッターに比べたらグロいというほどの場面は出てこない。とはいえ、これは表現方法の違いなので、一概にそれが悪いとは言えない。『風が吹くとき』の静かで皮肉に満ちた死の描き方は、これはこれで破壊力がある。
”
“ラジオが唐突に「3分以内に敵国の核ミサイルが到達します!」と知らせてくる。
夫は妻を抱きかかえ、急いでシェルターに避難する。ミサイルが家に直撃さえしなければ大丈夫だと思っている妻は、つけっぱなしのオーブンの心配をしている。
この核ミサイル着弾のシーンはもの凄い。
街が消し飛んでいく最中 、爆風が主人公宅に到達するまで、奥さんの「ケーキがこげる!」という脳天気なセリフが繰り返し流れているのだ。これは、あまりにも、あまりにもブラックなセンスだろう。
”
“核の悲劇を題材にした有名な作品といえば、『はだしのゲン』がある。
どこの小学校の図書室にもなぜか必ず単行本が置いてあって、いたいけな児童が「図書室にマンガが置いてあるー♪」と思って手に取ってみると、ものの見事にマインドがブレイクされる。
核爆弾による熱線、爆風、放射能の被害が地獄絵図の如く描かれているのだ。
被曝国ならでは、生きた声を基にしたリアルな悲劇がこれでもかとページに叩き付けられていて、日本の子供はまずそこで「ヤバイ。核、マジヤバイ」と学ぶのである。
スプラッターでド直球に悲劇を描く『はだしのゲン』が“動”だとすれば、『風が吹くとき』は“静”の表現を以て核の恐怖を描いている。
”
“柳に風流のしなやかな強さ
「強くなる」と言っても、いろんな強さがあります。
「柳に風」をイメージした「しなやかな強さ」をおすすめします。強い風が吹いたら流されて揺れてしまってもいい。でも、風がやんだらすぐに立ち直る。そんな「しなやかな強さ」がいいのではないでしょうか。
「柳に風流のしなやかな強さ」のいいところは、「揺れてしまってもいい」と考えられることです。イヤなことや問題に出遭ってしまったら、心が揺れてもいい(しかたがない)。ぜんぜん動揺しない人になんてならなくてもいいということです。
「しなやかな強さ」のポイントは、風がやんだら素早く立ち直ることです。すんでしまったことの余韻に流されずに、普段の自分・本来の自分に素早く戻ることが大事なのです。
”
“2.外的コントロールを排除する
人を批判する人は、人を変えようとしています。
同時に、批判されてそのことが心から離れなくなってしまう人もまた、批判した人を変えようとしているのです。変えようととまでは言えなくても、変わってほしいと願っています。この願いそのものが、そもそも無理な願望だと、筆者は言うわけです。
人は根本的に、ちょっとやそっとでは変わらないものです。
”
それを、口をきわめて批判したり、乱暴な言葉を使ったりして変えようとすること。筆者はそうした言動を「外的コントロール」と呼び、これを廃絶するように訴えます。